雑記

 内定式を終え、実家へ帰省した。帰省した当日は母の誕生日だった。父はこのような母へ日頃の感謝を伝えるのに適した日になると晩御飯を作る。この日の晩御飯の主たるおかずはおでんだった。てっきり練り物の詰め合わせを放り込んだものだと思っていたら、大根やちくわ、こんにゃく、厚揚げ、牛すじ、昆布、たこまで入った豪勢なものだった。お玉で鍋底をつつく私の顔はひどくゆるんでいたと思う。

 

 今回帰省して一番驚いたことは、父が禁煙したことである。「決意するかどうかの問題で、やめようと思えばいつでもやめれる」という言葉を父から、そして母の伝え聞きで、何度聞いたことだろうか。そんな父が急にタバコを吸わなくなった。タバコを吸っていたちょっと前までは夜間に咳がとまらず、母がいたく心配していたので、父の健康面と母の不安が取り除かれたことの両面で嬉しかった。そのニュースにあまりにも驚いたので、10時のニュース番組を見ながら父と二人で内定式の話をはじめ雑談をした。父によると、禁煙自体は簡単らしいのだが、続けて飲まねばならない薬がなかなか手強いとのことだった。年始にまた帰省するので、禁煙の経過報告をまた二人きりのときに聞いてみようと思う。働き始めたら、両親と旅行に行くのが小さな目標なので二人ともにはできるかぎり元気でいてほしい。

 

 一見意味のないように思えることや、無駄に思えることが大好きだ。物事の脇道や、中心になっているテーマの隙間にあるもの、こぼれ落ちてしまうにどうしても目がいってしまう。私のこのような性格は日頃の話ぶりにも現れるようで、後日会った際に、結局何を話したかあまり覚えていないと言われることが多い。とりとめのない会話を頻繁にするあまり、話題の輪郭がおぼろげになってしまう。思えば、そういうものに意識的に触れるようになってから久しい。多分、変わらず続く日常こそが最大のドラマだと私は信じているのだと思う。

 これに関連して、今年はどんなものに触れたか考えてみた。最近読んだ高野文子さんの『るきさん』、藤岡拓太郎さんの『夏がとまらない』、魚喃キリコさんの『南瓜とマヨネーズ』、ヒューマントラストシネマ有楽町とシネマ・クレール丸の内で観たジム・ジャームッシュ監督最新作の『パターソン』、あぁ早くスピンオフやってくれないかなと思っている4月〜9月まで放送された朝の連続テレビ小説ひよっこ』、試験勉強の合間に繰り返し観ては癒されたバカリズムさんが原作・脚本・主演を務めた『架空OL日記』こういう系統を今は意識して探しているが、初めてこのような自分の気持ちが落ちつくものに触れたのは『高校球児ザワさん』かもしれないな、と大学からの帰り道原付に乗りながら考えていた。

 

 『ちょっとザワつくイメージ調査もしかしてズレてる?』のスチャダラパーBoseさんとファンタジスタさくらださんとゲバたんの3人が暮らす様子を見た。BoseさんはSNSを積極的に更新しているので弁当の中身やゲバたんの様子を見ることはあったが、ファンタジスタさくらださんの目線で見る家族の様子はとても素敵だった。大学の友達でも、彼氏彼女がいて、私が関わるのはその一方だとしても性の雰囲気を漂せている人って少なからずいる。あぁ、この人家帰ったら彼氏とすごい仲良さそうだなという人。スチャダラパーBoseさんとファンタジスタさくらださんもそういうイメージだ。二人の特集の最後に、Boseさんが話していた言葉にぐっときたのでメモしておく。

 ウチは多分一般の人からズレてると思うけどそこん中でこう、みんな3人ともまあある種似ているわけだし、なんか自分たちお互い守りながら、そういう救いがなかったら家庭を持つ意味もあんまないんじゃないか。なんかこう本当の最後の小さいルールっていうか。

 私も家族とか親しい人に求めるのは安らぎであって、一緒に高め合うとかそういうのは別の関係でいいなと思う。もちろんおもしろかったことは共有したい。腹が立ったときや落ち込んだときに言葉にできたり、言葉にしたくないときにはなんとなく一緒にいれるのがいいなと思う。

 

 先週放送された『深夜の音楽食堂』の冒頭メールコーナーで松重豊さんがリスナーからの松重さん夫婦は喧嘩はあるか、あるならどのようにして夫婦仲を元に戻しているのかという質問についてかわいらしい回答をされていたのでこちらもメモしておく。

 まあ、夫婦喧嘩っていうのはねぇ、まあ、本当にあの一緒に暮らしていると、まあ、些細なことでぶつかりあったりすることはま、本当に日常ね、茶飯事なんですけどもねぇ、うちの場合は、まあ、あのほんとに、あのけんかしてたってちょっとこいつとはしばらく口きくのもやだなって思ってるんですね。でもその口きくのもやだなって思っていることに、えぇ忘れる瞬間が、もう、すぐ来るんですね。

 つい普通に話してしまって、向こうもね、なんかつい忘れててそのままのノリで話してしまって、まあ、結局なんだったんだっていう、その、あの、なかなかね、あの、黙ってるっていうことに対してのストレスを感じるんでしょうね。 えぇ、それでついもうけんかしていることを忘れて話しかけちゃうんでね。まあ、それですぐ元に戻って、別に、仲直りしたっていう感覚というないままに戻っちゃうみたいなんですけどね。

 キミコさんも確信犯的にでもいいのでもうケンカしてあのー、ぷいってしててもね。ああ、この取り組みすごいよっていうなんか相撲の話題でもなんでもいいですからね。まあ、そういうことで夫婦仲を戻せばいいんじゃないかと思いますけども、えぇ、こんなんでどうですかね?

 

 あぁ、また更新に間があいてしまった。観たもの、聴いたものを定期的に書き残す習慣をつけたい。

雑記

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 近所の庭にいちじくの木がある。といってもそのことに気づいたのはつい先日のことで、日没後ふと近所のコンビニへ立ち寄る際に嗅覚的にいちじくの存在に気づいた。いちじくにはいくつか品種があるらしいが、蓬莱柿(ほうらいし)というものに似ていた。庭といっても、いちじくの木のほとんどは塀で見えない。見えるのは塀から這い出している枝葉と果実のみだ。それにしても日が落ちているときにいちじくに気づくという経験が少しおもしろかった。普段の生活で何気なく目にしていても意識の外にあるものがふとした視覚以外の刺激がきっかけで顕在化する瞬間。

 

 片想いとハンバートハンバートのライブで上京した際、モンベルのスポーツサンダルで歩き回ってからか、久しぶりに部活を再開したからか、もともと眠っていたものがひょっこり顔を出したのか原因は未だに判然としないけれど腰の痛みが続いている。寝起きで唸り、歩いて身悶え、反って崩れ落ちる。

 

 公衆浴場をハッテン目的に使用する一部のゲイの利用客に関する銭湯店主の悩みに寄り添う記事を読んだ。この記事は銭湯を経営する方たち目線での経営側と迷惑を被っている利用客側の大事な問題提起であるのは確かである。しかし、よりよいこれからのあり方を提示しているようには感じなかった。

Cの湯さん:男の裸を見たくて銭湯に来るのは許されることなのでしょうか?

最近、TVなんかでLGBTがよく取り上げられて「こんな差別に遭っています」とかのディスカッション番組も多いですよね。でも、それとは違う方向のバラエティ番組で見逃せない発言があったんです。去年の12月くらいだったかな、ある番組に出たゲイの人が、「銭湯はパラダイスですよ」って発言されたんです。「パラダイスってどういうこと?」ってMCの人が聞いたら、「ストレートの男性が女湯に入るようなものですよ。それってパラダイスでしょ?」ってその方が話したんです。

もしそれが事実で、そういう目線で見ることを目的に銭湯にゲイの人が来るとしたら、公衆浴場は利用すべきじゃないって思うんですよ。理解できますかね、こういう考えって?

  Cさんの考えは理解はできる。ただその指摘は発展銭湯に限らないと感じた。というのも、Cさんの指摘は性的対象になる性別の方を見ることを目的にどこかへ訪れる人がいるとしたら、その人たちは性的対象が性的興奮を刺激されるような場所に行くべきではないと言っているとも読み取れるからだ。

 ここで場所を銭湯からプールや海に変えて考えてみる。夏場にプールや海水浴に行く人たちは遊泳を主な目的としているのは確かだと思う。ただ、ストレートの男性であれば水着を着た女性を主要な目的でないとしても見ていないと言えるだろうか。ストレートな女性であれば、筋骨隆々な男性を見ていないとは言えるだろうか。そんなことないという人も多いと思う。ただ、まっすぐでない気持ちで足を運ぶ人がいるからそれを恐れる人がいる、恐れる人がいるからまっすぐでない気持ちで足を運ぶ人は来るべきではない、ということにはならないだろうか。

 日常において、ヘテロセクシャルホモセクシャルに限らず、自らの主要な目的は別にあるとしても、その目的を遂行しながらも自らの性的対象に性的興奮を刺激されるような瞬間に出くわすことは誰しも少なくないと思う。記事にも紹介されているように、入浴を楽しみに足を運ばれているストレートの男性やゲイの男性(この方たちも多くいることを忘れてはならない)が迷惑な思いを被ることはなんとしても防がなければならない。それは間違いないものであるとして、一部の問題を切り取ってそのカテゴリーにあてはまる人たちに丸ごと当てはめる、よくあってはならない「よくあること」をこの発言から感じ取った。

 

 最近購入した女性向けのセクシービデオのインタビューで森林原人さんが素敵なことをおっしゃっていたのでメモしておく。 

男性向け作品と女性向け作品での心境の違いは?

ーいやもう、まったく、全然違いますね。 なんか、まあ正直、場違いというか。メイクされたりとか、うーん、なんかやっぱ居心地が悪いですね。

恋人たちの日常がテーマですが、恋人がいたら何がしたいですか?

ー僕は、あのー、結構、なんだろうな、甘ーいデートとか、ベタな感じが好きなので、まあなんか二人でどっかお出かけして、それでおいしいごはん食べて、で、なんかドライブとか、なんか夜景とか見ながら、一緒におうちに帰ったり、まあ、どっか泊まりに行ったりして、エッチするみたいな。そういうデートがいいです。そうなんです。意外とこの、AVを、AV男優をやって色んな女優さんと接することで分かったんですけど、男の方がロマンチストですね。

恋人に「好き」等の愛の言葉をかける方ですか?

ーはい。言いますし、あと手紙もよく書きます。はい。んー、なんか記念日とか、まあ節目の時とか、あとはなんかちょっと、なんか嬉しい、なんかこの人と付き合えて嬉しいなとかかわいいなとか思ったときに、そのー、まあちゃんとした手紙のときもあればちょっとしたメモみたいな感じもあったりとかで、なんかちょっと、書いてっていうのが好きですね。

女性にしてもらって嬉しいことは?

ーその手紙、貰うのも嬉しくて、なんか嬉しいからやっぱり、やったら喜んでもらえるかなっていうのもあって、なんか、意外と、プレゼント自体はあんまり貰うの好きじゃなくて。あのー、好き嫌いがやっぱり合わなかったときにお互い困るから、それよりは手紙とかでの方が嬉しいですね。

  このインタビューを読んで感じる森林原人さんのかわいらしさよ。森林原人さんが出演されている作品には、相手への配慮を感じるので大好きだ。実際、この作品も相手への敬意がたっぷりで見ていて癒される。セクシー男優さんもセクシー女優さんもお仕事に熱意を持って取り組む姿勢がかっこいい。

 

 先日『きのう何食べた?』の最新刊を読んだ。二人で年の瀬を過ごす二人の様子に思わず身悶えてしまった。シロさんとケンジ、お互いに五十路になり食べるものが消化に良さそうなものが増えてきているのが微笑ましい。年始の過ごし方についてケンジがシロさんに言った台詞が心に残ったのでメモしておく。

人間の脳はね、「何かをやった結果失敗をした」事はすぐ忘れられるけど、「失敗を恐れて何かをやらなかった」事についてはいつまでもずーっと後悔するようにできてるんだって!

 

 実家から持ち帰ったPSPもじぴったんを最近やっている。「辞書コレクション」をぼーっと読むのがとても楽しい。「明るくなる辞典」「チョベリバ辞典」「ちょめちょめ辞典」「声に出ちゃう辞典」いろいろある。パズルをクリアすると増える辞典だが、いよいよパズルが難しくなってきて手詰まり気味になっている。がんばらねば。

 

雑記


RHYMESTER - Future Is Born feat. mabanua

 

 ・RHYMESTERの2年ぶり10枚目のアルバム『ダンサブル』から、アルバム先行曲「Future Is Born (feat.mabanua)」を最近ずっと聴いている。ライムスターの音楽を聴くようになったのは『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』を聴き始めたのがきっかけなのだけど、好きなものを楽しそうに話せて、自分のやっていることに誇りを持っていて、すこし捻くれている宇多丸さんがとっても素敵だ。楽曲はデビューから日本のヒップホップ界を牽引してきたRHYMESTERだからこそ歌える歌詞でかっこよくて、ほんの少し哀愁とたっぷりのプライドもあって最高です。当事者意識を持ってアルバムも購入しました。

 

 ・書こうと思ってしばらく時間が経過してしまったけれど、就活がようやく終わった。自堕落な自らの性格ゆえ、うまくいかないことの方が多かった。それでも周りの人たちに優しく見守ってもらったおかげでなんとかなった。恩返しという言葉は浪人して以来、あまり使わないようにしているが、直接的であれ、間接的であれ、長い期間にわたりたくさんの人にお世話になったので、こちらも周りを元気にしたり、ほっとさせたいという気持ちは強い。

 

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 ・ほぼ日刊イトイ新聞ヨシタケシンスケさんと糸井重里さんとの対談記事『逃げつづけてきました。』を改めて読んだ。お二人とも逃げや屁理屈を大切にしていて、ヨシタケさんの絵本の読者はその「逃げ」のエッセンスに共感しているのだな、と感じた。大人のための絵本や、絵本の癒しブームと言われて久しいが、哀しみの癒しだけでなく、辛いことからの肯定的な「逃げ」として絵本が受容されている。

 かくいう私も、日常的に自らの見栄や情けなさに嫌気がして何かに逃げ込むことが少なくない。そういうみじめなうじうじした気分になったときは片想い、ハンバートハンバート、ラッキーオールドサン、思い出野郎Aチームの音楽を聴くことで自分の逃げ場を作り、何度も助けられている。

 

 

 ・先週末は、片想いの「片想インダ公園」、ハンバートハンバートの「ハンバートハンバート家族行進曲 2017」に足を運んだ。どちらも最高だった。

 

 片想いは尾道は浄泉寺での「片想い ワンマンライブ 尾道」(こちらは演者だけでなく、オファー側の熱量もとっても素敵だ)、並びに米子はMOON&SPOONでの「カクバンタワージャンボリー」でのライブ告知を目にし、地方も地方の地元・中国地方にライブで訪れてくれる気前の良さに嬉しくなった。終わった後に「あぁ、楽しかった」という気持ちと「明日からまた頑張ろう」という気持ちになった。私は片想いの楽曲の中でも「ひかりの中からこんにちは」という曲が特にお気に入りである。愛情は特別な言葉ではなく、生活のありふれた仕草や言葉の中にあることに気づいた主人公がその感謝を同じように生活のありふれた言葉でお返しするという歌詞が粋で大好きだ。今回のライブでは「ひかりの中からこんにちは」を久しぶりに披露したらしく、しかもゲストの七尾旅人さんとの共演でより一層気持ちが高ぶった。ライブ途中、片岡シンさんとあだち麗三郎さんの日野さんの往復ビンタパロディはそれはそれは相当に盛り上がっていた。泥臭い片想いが大好きだ。

 ハンバートハンバートのライブは二度目だった。弾き語りツアーの前回とは異なり、バンド編成のライブで、最新アルバム「家族行進曲」の中で印象的なバンジョーの音が心地よかった。二人の弾き語りの場面もあり、センターにあるマイク1本に佐野遊穂さんと佐藤良成さんのお二人が寄り添っている様子に思わず笑みがこぼれた。映像化を意識しての演出かもしれないが、素敵だった。昨年も今年も行きたいと思いながら行けなかった福岡県福岡市東区海の中道海浜公園の音楽フェス「CIRCLE」に来年こそ何としても行きたいと考えているのだけど、片想いとハンバートハンバートも出演してくれたら嬉しい。

 

 こんな感じでとりとめもないことを思い出したようにぼちぼち書きます。

 

2017年に購入したCD

1月

『THE KIDS』 - Suchmos

 

 

2月

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『BGM21 Bulgaria』 - 無印良品

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『2 Toen』 - Shuta Hasunuma & U-zhaan 

 

3月

『Obscure Ride』 - cero

『桜super love』 - サニーデイ・サービス

 

4月

『I STAND ALONE』 - GLIM SPANKY

 『Belle Époque』 - ラッキーオールドサン

 

5月

『今んところ、そのに』 - 春風亭一之輔

Waves』 - Yogee New Waves

『Who We Are』 - Nulbarich

 

6月

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『旅とフェリー』 - 婦人倶楽部

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『FRIENDS AGAIN』 - シャムキャッツ

7月

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『A GOOD TIME』 - never young beach

『家族行進曲』 - ハンバートハンバート

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『片想インダハウス』 - 片想い

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『BGM22 Basque』 - 無印良品 

 

8月

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『あけぼの』 - 折坂悠太

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『Family Song』 - 星野源

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『夜のすべて』 - 思い出野郎Aチーム

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『LOVE』 - 口ロロ

 

9月

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『ダンサブル』 - RHYMESTER

『ひのとり』 - 片想い

10月

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 『20/20』 - スカート

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『SHINJITERU』 - ハナレグミ

 

年内

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『タイトル未定』 - キセル

 

雑記

ハンバートハンバート『家族行進曲』

 ハンバートハンバートの『家族行進曲』が素晴らしい。ふと気がつけばアルバムを20周くらいしていた。1曲目「雨の街」〜2曲目「がんばれ兄ちゃん」〜3曲目「あたたかな手」の比較的キャッチーな流れと、アルバムの折り返し地点にあたる7曲目「真夜中」〜8曲目「ひかり」〜9曲目「ただいま」の今作の真髄部分とも言える流れが両者ともに愛おしい。ライブで聴いた「ぼくも空へ」や「台所」もそのときの光景が思い出される。もともとはアニメの提供曲として発表された「おうちに帰りたい」もハンバートアレンジに仕上がっていてうっとりする。豊崎愛生に提供した「ランドネ」も好きなので先になっても構わないのでセルフカバーしてほしい。

 初めてアルバムを聴いたときに感じた遊穂さんのいつも以上に透き通った声について、『bounce』のインタビューで言及されていてなるほどなぁと感じた。

 「ライヴで歌うとどうしても声を張ってしまうので、声の印象が強くなってしまうんです。最近のアルバムもそういう傾向があったんですけど、今回の曲は、そういう朗々と歌う感じのものじゃないと思って。透明感のある感じにしたくて、声が太くならないように歌うことを心掛けました」(佐野)。

Mikiki | ハンバート ハンバートが頼もしいゲストたちと奏でるトラディショナルでチャレンジングな〈家族〉のカントリー・ミュージック! | INTERVIEW | JAPAN

 9月の野音ライブが今から楽しみ。 

 

星野源「Family Song」

 7月11日放送の星野源オールナイトニッポンで、「Family Song」がフル尺で初めて公開された。寝ぼけ眼で聴いたのとCDでじっくり聴く予定なのもあってあまり覚えないように聴いた。

 音源を公開した後に、音源をYouTubeにアップしたり違法ダウンロートするのはいけないのは分かっていると思うけれど、宣伝と思ってSNSにアップするのもよくないよと言及したのがグッときた。そして、もし宣伝をしたいのであればradikoのシェア機能があるから使ってみて、radikoでは放送中どこで視聴者が増えたかという数値が可視化されラジオ局はそれを把握できる、ラジオ局はその数値をもとにこの曲をかければ聴いてくれるリスナーが増えることがわかる、ラジオ局へリクエストしたり公式のミュージックビデオをどんどん見てね、というようなことを話していた。

 この発言から、ラジオ音源の切り取りや写真の濫用にも応援している人の想像力がひろがればいいのになぁと思うと同時に、自分も襟を正さねばなと思った。これまでのラジオの趣を引き継ぎつつ、時代にそうようにリスナーを教育し、話し手と聞き手のよりよい関係を目指しラジオのあり方を模索する星野源のその姿勢につくづく尊敬する。身体には十分気を使ってお仕事これからも頑張ってください。応援してます。

http://radiko.jp/share/?sid=LFR&t=20170712010044

 

・『マンチェスター・バイ・ザ・シー

 ケネス・ロナーガン監督の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を観た。静かな映画だった。『ムーンライト』もそうだったけど、静かな映画は観終わって時間が経った後でもふとその映画の情景を思い出してジーンとくる。寝る前にぼーっとしていたら、ケイシー・アフレック演じるリーの子供達への想いがふいに思い出されて悲しい気分になった。

 私の地元には映画館が県内に3館しかない。しかもあるのはメジャー映画を公開するものばかりでミニシアター系の映画を上映する映画館もなかった。このことと、私の趣味の幅に狭さからミニシアター系の映画という概念が大学へ進学するまではまるでなかった。メジャー映画にももちろんわくわくさせられるものも多いけれど、ミニシアター系の映画には作り手のこだわりや、必ずしもビジネス面での成功を追求しない姿勢があってそこに魅力に感じる。大学を卒業したら地元へ帰りたいと考えているけれど、映画の新旧や売れる売れないに関わらない映画に触れる機会が地方はじめ全国各地でもっとあればいいのになぁと思う。

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』公式サイト

 

・パルム

 最近はおやつは、グミか干し芋をなるべく食べるようにしているのだけど、こないだ夜にコンビニに行ったときに食べてしまったパルムのロイヤルミルクティー味がたいへん罪深い味わいだった。コピーのごとく「こころまでなめらかに」されてしまって悔しい。パルムめっちゃ美味しい。

森永チョコレートアイスクリームバーPARM(パルム)|商品ラインナップ|PARM(パルム)ロイヤルミルクティー

 

 

上半期の好きな音楽。

曲部門。

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 アルバム部門。

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簡素万歳。

 

【映画】『スウィート17モンスター』を観て感じたこと。

 映画を観るときにはホットコーヒーとパイの実をなるべくおともにしている。それからめがね。めがねは日常的にかけているわけではない。視力は両目で1.0あるかないか程度。したがって、めがねのない生活にそれほど支障はない。でもなんとなくめがねを持っていく。なんとなく。めがねをかけずに映画を観るとなんとなく物語や登場人物の心情の細部を見落としてしまっているような気分に苛まれる。なんとなく。

 

 今日、『スウィート17モンスター』を観た。原題は“The Edge of Seventeen”。主人公ネイディーンの抱えるコンプレックスをまざまざと見せられ、思わず自らのコンプレックスを省みた。帰宅後、風呂上がりに髪を乾かす際に自分の身体的なコンプレックスを頭から足にかけて鏡を見ながらふと考えた。過度な直毛、でかっ鼻、顔の毛穴のよごれ、脇腹の気胸の手術跡、腹部の膨らみ、パンツゴムの擦れ痕、陰部のサイズ。精神的なコンプレックスも考えたけど文章も心持ちもじめじめしてしまうので割愛する。

 劇中、車がネイディーンの心情を上手に表していた。学校に行きたくないとき、家に帰りたくないとき、親をやかましく思ったとき。車中にいるときは、どこか背伸びをしたり、かと思えばとことん感情のままになれたり、やっぱりなおも卑屈になったり。その気持ちの揺れ動きが上手に表現されていた。その表現があったからこそラストシーンがいきていた。

 ネイディーンは母親にたいして横柄な態度をとっていた。幼少期から母親の性格に嫌悪感を示していたネイディーンだったが、よき理解者であった父親を亡くし、思いの逃しどころがなくなってしまったことで悪態が加速する。学校の送り迎えにおいて、絶交してしまったかつての親友クリスタと鉢合わせまいと降車を頑なに拒否するシーンに特に共感を覚えた。

 高校生のころ、私は雨の日に送り迎えを母に頼むことが多かった。車を降りる場所はなるべく同級生や後輩がいないところを選んだ。というのも、母の姿や乗っている車を見られなくないという気持ちが強くあったから。今となってはそんなことどうでもいいじゃないかと思うが、当時の私にとって知り合いに私の母親がどんな身なりをしていて、どんな車に乗っているか見定められることが喫緊の問題であり、そのことにひどく怯えていた。いがみ合う劇中の親子をきっかけにその頃の記憶が突如としてあぶり出された。

 先生、隣の席のアーウィン、兄ダリアンはネイディーンの自尊心の扱い方がうまかった。ああいうあまたのコンプレックスを抱える人に対してはストレートにものを言い過ぎてはいけないし、美辞麗句を武装してかかってもいけない。ほどよく自尊心をくすぐるのが吉だ。でないと、おもむろに牙をむき出しにするし、本人は褒め言葉だと信じてやまない中傷をかましてくる。劇中にたびたび描かれるネイディーンのぶきっちょさに共感すると同時に救われた気持ちになった。

 ネイディーンを演じるヘイリー・スタインフェルドはアルバムを少しかじったことがある程度だが、その頃の容姿よりふっくらしていたように感じた。そしてどこか私が好きな三浦透子さんに似ているように感じた。

 リア充として描かれるダリアンはまだしも、アーウィンもムキムキなことに人生の不条理さを感じつつ、筋骨隆々な方が薄着のインナー(淡色が至高)を着てるのほんとすきとフェチとコンプレックスを感じながら横になろうと思う。